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a four leaf clover



雨は土を伝い
僕に語りかける
「もうそろそろ君の顔が見たいよ」と

真っ暗闇の土の中
同じ闇なら独りでいたいと
僕は外の世界に怯えてる

例えば僕が殻を破り 芽を出したとき
キミは僕に水をくれるのかい?
だって僕の遺伝子は奇形なんだ

この余分な葉を
人々が見て嘲笑う
そして摘み取って 見世物にするんだ

キミは僕を包み
僕に口づけする
「あなたの遺伝子は幸せを運ぶの」と

「限りなく欺瞞だね」って
幸せなんてありはしないんだ
僕みたいな出来損ないにはね

「違うの その人たちの顔を良く見てみて
その笑みは温かなモノだってこと
だってあなたは幸せの元だもの」

この余分な葉を
幸せなんて思えない
人々にとって幸せだとしても

けれど この余分な葉を
切り裂いて 捨ててみても
僕は他の誰にもなれはしないなら

この余分な葉が
誰かの力になれると
それを僕の幸せに変えてみるよ

それを僕の幸せに変えてみるよ
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  # by hosimango | 2007-07-04 20:34 | 詩。

a morning glow

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何か僕に出来ることがないかと

あれこれ考えていると

余計なお世話だとはわかっているんだけれど

実は僕が救われたいんだってこと

君にはバレているんだと

思うんだけれど

こんな朝焼けの時間までそのこと考えちゃったりしてること

君のせいじゃないってこと

重々承知のうえだけれど

僕の臆病な気持ちが君のせいにしたがっていること

君のこと救いたいと

はっきり言えばいいんだろうけれど
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  # by hosimango | 2007-06-24 23:10 | 詩。

ゲイさんごめんなさい。やっぱり笑っちゃいます。

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  # by hosimango | 2007-06-23 19:50 | ホラ日記。

クローバー

浅い闇だ

一面に四つ葉のクローバー

朝露に濡れてる

僕は気がついたらそこに仰向けに寝ていた

悲しいわけではないのに目尻に溜まっていた涙も

よく考えたら朝露だった

昨夜のことはよく覚えていないし

なぜこんなところに寝ているのだろうと

もたげた頭が痛む

もしかしたら飲み過ぎたのかもしれないけど

理由が思い出せない

まぁ、なにかなければこんなところに寝てないのだろうけれど

別に、なにかなくてもこんなところに寝たっていいじゃないかと

天邪鬼になってみたり

化学物質だらけの土に生まれた四つ葉のクローバーにだって生きる意味はあるわけだしさ

そんなどうでもいいことばかり考えていたら

浅い光だ
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  # by hosimango | 2007-06-22 12:03 | 詩。

最近の読売の見出しがおかしい件について。


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  # by hosimango | 2007-06-22 09:27 | ホラ日記。

アキハバラ レポート①

我々がアキハバラという街に足を踏み入れたとき、その圧倒的な存在感と異質さに言葉を失い、自分たちの立っている大地が我々が普段過ごしている日々と繋がっているということに世界の広さを思い知らされた。

そう、一言で表すならば「言葉に出来ない」ら~ら~ら♪らら~ら♪

小田和正もこの名曲を構想した際に題材にしたと言われる街。

秋葉原。

@deep。

辺境の地、埼玉から訪れた我々を最初に迎え入れたのは「サンボ」という牛丼屋だった。
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中央通から一本入った通りに存在するサンボ。牛丼なら何処も変わらないだろうと高を括って入店したのがそもそもの間違いであった。店内の客はお昼時を過ぎた平日の午後ということも手伝ってまばら。店員も二人。常連でもない一見さんである我々にとってこれ以上ないベストな条件。

のはずだった。

しかし何なのだ。このフォースは!!

電気街の喧騒が嘘のような静寂。それは牛丼のつゆがご飯に染みてゆく音が聞こえるほどだった。

食事というものはそもそも会話を円滑にする場の一つではないのか……。

そう、此処が秋葉原であることを我々はもっと早くに気付くべきだったのだ。

A-BOYたちにとって食事というものは煩わしい食欲という彼らにとってそれほど重要ではない欲を満たすための手段に過ぎなかったのだ。彼らにはこの街ですべきことは山ほどあるのである。

おでん缶の所以である。食欲を手早く満たすための道具である。牛丼も例外ではないのである。

しかし、そこは秋葉原という流行り廃りの激しい街(メイド喫茶の中には1ヶ月で閉店に追い込まれる店もあるという)にあって生き残ってきた「サンボ」。

牛丼を一口、食したときにその衝撃は味蕾から舌神経を通り大脳皮質体性味覚野を駆け巡った。通常の3倍ほどのスピードで。

なんなんだ、このタレの染み渡った噛み応えのある牛肉と水分を若干多く含んだ白米の織り成すハーモニーは!!それはシンクロ率400%を軽く越えていた!!

まさに牛丼界の梁山泊である(意味不明)。

けれども、その感動さえこの店内では言葉に出してはいけないのである。

もしその言葉を口にすれば、店の女主人の雷(いかずち。旧約聖書でソドムとゴモラを滅ぼしたと言われる)が落ち、虚数空間に飛ばされてしまうと言われている。

そして、その量も半端ではない。私は「牛丼並」を注文したのだが、現物を目の前にしたとき、その「牛丼並」の意味が「並みの牛丼ではない」という意味を悟った。

お子様入店禁止の所以である。お子様では「牛丼並」でさえ完食出来ないのだから。

400円で味わう別世界。あなたも体験してみては?


つづく。

しかし、この死に掛けのブログに昨日、一昨日と100人前後の訪問者数。なんで?意味分からん。
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  # by hosimango | 2007-06-20 06:58 | ホラ日記。

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